早く下りたいです

 

 

(以下、「狂気山脈」のネタバレを含みます。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しかった……。
7時間超の配信、最後まで、そして感想戦まで、後日の個人配信に至るまで本当に楽しかった。物語がぐっと動き始め、RPもノッてきてからは特に楽しかった。
「あそこ面白かったな〜」「あそこドキドキしたな〜」とか細かく沢山あるのだけれど、ここでは主に志海三郎の話をしたい。

 志海三郎、キャットフードの販売会社の営業である。営業成績がダントツ下位でも気にすることなく、仕事をさぼって登山のための筋トレに励む窓際族。登山中、命の危険に晒されると快感を覚える性質があり、それ以外のことにはさして興味がない。
 一見なんの変哲もない会社員。むしろ社内の人から見たら「いつもヘラヘラごまかしてばかりの、仕事のできない社員」でしかない。志海をそう評価している人間の誰一人として志海が登山に於いてはヤベー奴だということを、知る由もない。
 このキャラ設定が公開された時点でもう「オアア…」ではあった。
 自分が見ているのはその人のごく一部分でしかないんだよな、と思うことは日常のあちこちに転がっている。実況者が配信で職場の話や過去のバイトの話をするのを何度も聴いてきたけれど、その職場にいた人は誰も彼が実況者だってことを知らないように。私が実況動画にハマっていて専用のアカウントを持っていることを知らない友人の方が多いように…。

 彼は営業成績と引き換えに165cm・体重90kgの強靭な肉体を手に入れることとなるのだけれど、動物全殺しの男杉山の172cm・62kgと比較すると本当にヤバくて面白い。どれだけ仕事サボったらそんな体になれるんだろう。

 shu3はどんなRPをするのかな〜と思って見ていたけれど、一貫して「良心ゼロのヤベー奴」を貫いたのが良・良・良だった…!
 のちの配信で本人も話していたように、「色々あったけど、皆さんと登頂できてよかったです」とか、例えば「なんだかんだこのメンバーで登頂できて楽しかったです」とか、耳ざわりのいいことなんていくらでも言えたと思うのだ。言いたくなるとも思った。でもそこでそうならずに最後まで志海としての尖った冷たさ、自分本位な発言を繰り返したことで、最後の結末すらも「彼らしい」と言われるまでになったんだと思う。
 「誰が山頂最初に踏む?」って話になった時に、志海がぐいぐいトップバッターを志願するのも良かった。普段の配信でshu3が自分が行きたいです!って強情になるところを殆ど見たことがなかったので、「キャラが言ってる」感を余計に強く感じたというか、「あ〜今、志海が行きたがってるんだ」と思えた。ずっと志海だった。

 志海が夢を見るシーンを経て、さらにキャラクターに厚みが生まれたとも思う。ダイスを振ったあと、むつーさんの「志海さんがこうなってしまったの友人のせいの可能性ありますよこれ」という超ナイスアシストがあって、そこから一気に解像度が上がった感じがした。(いいKPだ〜…)
「僕はもうひとりで登りたくなりました」「ひとりで行きたいです」「ちょっと足手まといなんで君たち」「いやーもう    いやな夢見ましたね」
 このあたりの言動、ただのヤベー奴のヤベー言動とも処理できるし、夢を見て過去の引き出しを開けてしまったことで益々狂気に拍車がかかったとも解釈できるし、絶妙だったと思う。深読みしたければしたら、くらいの。深読みするとしたら友人を喪失した過去を経て、他人と深く関わると精神衛生上碌なことがないな、と思った志海の諦念が数々のヤベー言動につながっているのかな〜と、やっぱり考えてしまう。

 私は、志海が最後ひとりだけ下山に失敗したことについて、ある意味では納得できている。納得できてしまうものだったということは受け止めている。「志海らしい終わりだった」という言葉にも「わかる」と言える。
 でも登頂した時の志海の「早く下りたいです」「次また登りたいです」って言葉を思い出すと、どうしてもヴ……!という気持ちになってしまうのだ。次行きたいって気持ちがたしかに彼にはあったのに。「人生の絶頂です」とまで言った彼だったけど、絶頂が更新される可能性がその言葉にはあったのに…。

 山頂を最初に踏みたい人は他にもいた。それでもなお「踏みたい踏みたい!」「おれが踏みたい!」「もう生きてる意味ないから」って譲らなくて、結局みんなが譲った時に「やったー!」って無邪気に喜んで、第一踏のその足跡を志海が刻めたこと。その時はマジでヤベー奴だなって思うだけだったけれど、全てが終わった今ではあの時の第一踏が志海でよかったよな〜って本当に思う。そう思うまでに至る道もダイスの運によって齎されたものだったんだと思うとTRPGって面白いな…。

 「いやでも…登った瞬間は嬉しかったでしょ?」ってえべたんの戸惑い、「お前、ここに残らないよな?」って八木山の駄目押し、「やめてな?やめてな マジで」って杉山の本気の引き止め、これらがより志海のヤバさを引き立てるかたちになっていたと思う。時間が経つほど、会話が重なるほどどんどんキャラクターが立体的になっていくのが分かった。会話の積み重ねで肉付けしあっているような感覚。
 「今日、今日この時のために生きてきたのかもしれないです」のあとに「生きてる…!」って続けて消えていった志海の輝き、それを見てもなお喪失感に耐えられなくて、ウーーー!!となってしまう自分と向き合った時、人間のエゴって怖いなあと思った。

 最後のほうで梓ちゃんに「(3000m地点まで)どうやって降りたの?」と訊かれた時、えべたんが「パラシュートで…志海さんが見つけたパラシュートで降りてきたの」って言うシーン最高だったな。志海が見つけたパラシュートで3人は生き延びたのだ。そんなこと志海はどうでもいいと思っていそうだけれど。

 のちのち、登山中に日本人一名が行方不明になったってニュースが流れたりして、キャットフードの販売会社では「志海さん行方不明になったらしいよ」「えーそうなんだ〜」なんて会話があるのかもしれない。それも一過性のもので、そのうち志海のデスクには他の誰かが座ることになるし、元々営業成績の悪かった志海の穴なんて、多分そう大きくはない。ふつうに回ってゆく日常があるんだろうな。そんなことも、やっぱり志海はどうでもいいと思っていそうなのだ。つくづく良いキャラだった。良いRPだった。多分何度も、何度も見返すと思う。当分下山できそうにない。